ブリーディングローンとは?メリットとデメリット|動物園の繁殖
動物園で見かける「新しい仲間がやって来ました」という案内。ついで「ブリーディングローンのため」と書かれていることがあります。
皆さんはブリーディングローンをご存知でしょうか?
今回のzoo zoo diaryは「ブリーディングローン」に注目。メリット・デメリットや動物園が抱える繁殖の問題などを紹介します。
ブリーディングローンとは?
ブリード【Breed】繁殖のためのローン【Loan】貸借。
ブリーディングローンは動物園同士で繁殖計画のもと動物を貸し借りすることをさします。国内外問わず契約が交わされています。
ここで知識のある方は「絶滅危惧種はワシントン条約のため取引できないのでは」と思われるかもしれません。
実は、ブリーディングローンは動物園同士の共同繁殖にあたります。見せるため(商業)ではなく繁殖のため(研究)であると認められます。
よって、ワシントン条約により取引が規制されている種であっても、受け渡しをすることができます。
文字通りローン(貸借)のため、移動した動物の所有者は貸し出した動物園のまま。
ブリーディングローンでやって来た動物は、移動先で生涯を終えることもありますが、元の動物園に帰ることもあります。
ブリーディングローンにより誕生した子の所有権は、話し合いのもと決められています。子は親の所有権を持つ動物園に送られることが一般的です。

ブリーディングローンをかわす理由
もちろん繁殖させるためにブリーディングローンが行われます。
- 繁殖相手がいない → 繁殖機会を与える
- 繁殖相手と相性が悪い → 相手を換える
- 母親の発情を促したい → 子と親を離す
- 繁殖の環境を変えたい → ペアを移動する
絶滅が危惧されている動物は、動物園での飼育数も少ない傾向にあります。繁殖適齢期であるものの相手がいないことは少なくありません。
いまある命を未来につなげるために、ブリーディングローンが重要となります。
また、親離れを促すことも繁殖計画の一環です。子が成長することで母親はふたたび発情がはじまり、つぎの繁殖に向かいます。
ブリーディングローンのデメリット
ブリーディングローンの活用は、動物園経営や種の保存など動物の未来に関わる重要な活動です。
ただし何ごとにも良し悪しがあります。
- 移動に伴い危険がある
- 環境変化に順応できない
移動のリスク
野生動物は自分の感覚とあしで移動します。
しかし、飼育下の動物は車や船で新しい動物園に移動します。わたしたちのように乗りものに慣れていない動物の移動には危険がつきものです。
まず、乗りものに乗るために、移動用ケージにうつる練習を繰り返します。
むかしは麻酔で眠らせることが多かったものの、近年は自発的に動くようハズバンダリートレーニングが実施されています。
臆病・敏感な動物たちは、いつもと違う光景に不安や恐怖を覚えるでしょう。なかには暴れてしまいケガをするものもいます。
もし移動用ケージにうつることができなければ、最終的に麻酔を打たれます。麻酔は正しい量を投与しなければ、ヒトも動物も危険となります。
問題なく車や船に乗れたとしても、動物たちは何時間も暗い箱のなかで過ごさなければなりません。
退屈、不安、恐怖などさまざまな感情が動物を襲うでしょう。そのせいか目的地に到着後は落ち着かない様子がしばしば確認されます。
環境変化のストレス
無事移動が完了したあとは、新しい部屋・食事・気候など環境に慣れなければなりません。
ヒトとおなじように動物にも性格があります。順応がスムーズな個体とそうでない個体とでは、展示や繁殖までの時間が大きく異なります。
仮に環境に慣れたとしても、飼育員や繁殖相手と相性が良いとは限りません。
また、移動する個体だけでなく取り残された個体(元パートナーや元ルームメイト)が不安を感じ、体調を崩すことがあります。
わたしたちが引っ越しをしたり大切な人と離れ離れになったときのように、動物たちも疲れや悲しみから弱ってしまう可能性があります。
移動や環境変化のストレスは最悪の場合死につながります。
どの個体が移動に耐えられるか、環境の変化についていけるかなどの判断は簡単ではありません。
不測の事態への対処が、ブリーディングローンの課題となっています。

ブリーディングローンのメリット
ブリーディングローンは動物の移動というリスクを抱えています。一方で動物にとって子孫を残すことは生きる目的といえます。
そのためブリーディングローンには繁殖以外にも、さまざまなメリットがあります。
- 動物福祉の向上につながる
- 遺伝子多様化につながる
- 支出を抑える
繁殖機会の増加
動物によっては単独行動を好み、メスもしくはオスだけが飼育されている場合があります。
一方でパートナーに先立たれ、単独飼育となったものもいるでしょう。
野生であれば繁殖シーズンに相手を求めて旅に出ます。
ところが、飼育下では繁殖のチャンスがないまま時が過ぎていきます。子孫を残したいと思っている個体にとっては、辛く長い一生だと思います。
動物園にとっても今後あたらしい個体の導入がむずかしい希少種であればあるほど、子孫を残せないことはざんねんなことです。
そこで、繁殖可能な動物をひきあわせるように施設間で取引が行われるようになりました。
繁殖相手に出会うことは、子孫を残すという動物の本能を呼び起こしてくれます。さらに、生活に変化がうまれ動物福祉の向上につながります。
繁殖の促進
ところが、ブリーディングローンにより移動した動物は、必ずしも繁殖活動を行うとは限りません。移動先に繁殖相手がいない取引が実在します。
それは親子を離すことにより、母親の繁殖を促し次の出産・育児のスペースを確保する等の目的があります。
自然界で行われる子のひとり立ちと妊娠サイクルをもとに計画されます。うまくいけば、メスの発情遅れをふせぎ、妊娠前後のストレスを軽減する効果があります。
これらも繁殖活動の一環として取引が認められています。
また、繁殖ペアを解消せずに移動させることがあります。
環境を変えることや、生態にならい発情期のみ同居させることが、繁殖の引き金になることを期待しています。

新しい血統の誕生
一般に、希少動物のペアはひとつの動物園に一組だけ。一夫多妻の動物でも、おとなメスが1頭のみという場合が少なくありません。
たとえ次々に赤ちゃんが生まれたとしても、皆きょうだいなので繁殖相手にはなりえないのです。
しかし現実では動物園の種を絶やさないために、きょうだいで繁殖させることがあります。
つまり、1組のペアの子が増えることは近親交配につながる危険性をはらんでいます。
似た遺伝子の組み合わせである近親交配は遺伝子多様性の低下に直結。同じ病気や奇形による死産や早逝がふえると予想されます。
たとえ一時的に個体数がふえたとしても、種の保全にはつながりません。
かつては野生の個体をとらえ飼育下の血統を増やしていました。もちろん近年は希少種の捕獲は厳しく規制されています。
そのため、動物園はブリーディングローンに新しい血統の誕生を期待します。
たくさんの遺伝子がまじわり競合することで、より強くたくましい遺伝子が受け継がれていきます。
現在は飼育下個体の血統管理を行う種がふえてきました。世界中で飼われている個体の血縁を把握し、遺伝子多様性を高めようとしています。
支出の抑制
動物園にとって最大の出費のひとつは動物の購入費。
入園料の安い日本の動物園にとって頭の痛い問題です。絶滅が危惧される動物はとくに高額なため、購入できる施設は多くありません。
しかしブリーディングローンであれば、期限付きのレンタル料であたらしい個体を導入できます。
しばしば動物の交換もしくは無償で契約されることがあります。
国内のブリーディングローン例
動物の取引「ワシントン条約」とブリーディングローンについて学んだところで、その例を見てみましょう。
ジャイアントパンダ|アドベンチャーワールド
世界中のジャイアントパンダは中国からやって来ます。
日本で飼育されているすべてのパンダの所有権は、中国のパンダ繁育研究基地にあります。
和歌山県のアドベンチャーワールドは世界で初めてパンダのブリーディングローンを行いました。
アドベンチャーワールドがパンダ繁殖に貢献していることは、国内外で有名です。これまでに10頭以上のパンダが生まれています。
日本で生まれたパンダの赤ちゃんは、中国に返す約束をしています。そのため、今いる日本のパンダの多くは、いずれ中国に送られます。

ニシローランドゴリラ|上野動物園と東山動植物園
東京都・上野動物園と名古屋市・東山動植物園のオスのニシローランドゴリラは、オーストラリア・タロンガ動物園からブリーディングローンにより来日しました。
2頭とも群れを築くことに成功。国内のゴリラ個体数増加の大きな要となっています。
また、上野動物園の母親であるモモコは、千葉市動物公園から借りている個体です。
飼育数の少ないゴリラ等は血縁関係にある個体が多く、国内の動物だけではペアリングが困難となっています。

動物園の繁殖に関する問題
動物園の繁殖活動や研究は、将来の動物の絶滅をふせぐ鍵となります。
一方、飼育下繁殖には敷地の狭さや意図的な繁殖など、野生では起こりにくい問題が起こってしまいます。
過度な繁殖|飼育スペースが足りない
サファリパークなどでライオンやトラの赤ちゃんとふれあえるイベントは大人気企画。多くの人が来園し、大きな収益を生みます。
しかし、猛獣は数か月で近寄れなくなります。
施設側はイベント開催のために繁殖に力を入れています。ときには年中行事のように子が誕生します。
ふれあえる幼い猛獣は重宝されますが、動物はどんどん成長します。力が強く危険となった幼獣たちが行く先は、バックヤードや放飼場です。
ところが、飼育技術の向上により動物の高齢化が進み、獣舎の空きがない場合があります。
結果、狭いスペースで密に飼育され、動物たちは精神的・肉体的に苦しんでいるかもしれません。
動物福祉の観点から、飼育下における過度な繁殖は問題視されています。
意図的な繁殖|近親交配のくりかえし
似た遺伝子を持つ両親の場合、欠点を補うことができず病気や障害が遺伝してしまいます。
そのため、野生生物は血縁の近いものとの交配(近親交配)を避けるといわれています。
しかし、飼育下では近親交配のため苦しい思いをしている動物がたくさん生まれています。
とくにホワイトライオンやホワイトタイガー等は突然変異の遺伝子を維持するために、近親交配が行われています。
近親交配をもっと知りたい方は「ホワイトタイガーの繁殖」をご覧ください。

野生動物の生息地とは遠く離れた日本でも、ヒトのエゴが動物を苦しめていることは確かです。
動物園自体の存在を否定する意見も、数多く存在します。
動物の精神状態や生活環境を改善するために、エンリッチメントが重要視されています。

繁殖のための貸借契約であるブリーディングローン。
動物は移動に伴い大きなストレスを感じます。
しかし、繁殖は動物たちに生きる目的を与えます。さらに、遺伝子の多様化は動物の健康や未来のための最重要課題と考えられています。
ブリーディングローンによりいろいろな組み合わせの子孫を残すことは、種の保存に貢献できるとでしょう。
- 共同繁殖計画にもとづく動物の貸借契約
- 動物福祉の向上が期待できる
- 種の保全につながる
動物園は見せるためでなく、動物の置かれている現状や繁殖の大切さを教えてくれる学びの場です。
今後、過度な繁殖や意図的な近親交配がなくなり、しあわせな動物がふえることを願っています。
以上、動物園の繁殖でした。
【参考】
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません