エンリッチメントとは?動物福祉とハズバンダリートレーニング
みなさんはエンリッチメントという言葉を聞いたことがありますか?
動物園に興味がある方は、ご存知かもしれません。
今回は、エンリッチメントの解説と、エンリッチメントの取り組みが評価された動物園を紹介します。

エンリッチメントとは?
Enrichment 物事の質を改良すること、裕福にすること
動物園界においては、動物を豊かにすることを指します。
動物園では、ヒトの娯楽のために動物たちが狭い展示場に入れられたり、野生とは反対の変化のない生活を強いられたりしています。
たとえ捕食や飢餓の恐れがなくても、それは動物にとって幸せといえるでしょうか?
そこで、エンリッチメントという思想が登場します。
野生動物それぞれの生活を意識して展示法や飼育法を考え直し、動物の幸せのために環境を整える対策がとられるようになりました。
エンリッチメントは、1970年ごろアメリカの動物園で始まりました。現在では世界中の動物園で行われるようになっています。
ざんねんながら、日本のエンリッチメントの歴史は浅く、2000年ごろから実施され始めました。
現在でも、昔ながらの展示するだけの動物園がいくつも残っています。
動物福祉を考える
そもそもエンリッチメントが提唱されたのは、飼育下における動物の生存権【Animal Rights】が脅かされているから。
ヒトはヒトらしく生きるために、奴隷を禁止したり殺傷を罰したりしています。
しかし、動物はどうでしょうか?
食べるために飼育・解体され、見るために捕らえられ活動が制限されています。これらは、決して人間では行われない、行ってはいけない行為です。
ヒトも動物の一種。ならば、ヒト以外の動物も同様に扱うべきだと考えられるようになりました。
そのため、動物の生存権を尊重する人々、たとえば動物食をしない菜食主義者や反動物園論者が増えています。
一方で、動物園で自然破壊や密猟を知り、動物・環境保全のために活動している人々がいるのも事実。
動物が動物らしく幸せに暮らせる環境を提供することは、動物福祉【Animal Welfare】と呼ばれています。
近年の動物園や水族館では、動物福祉を考慮することが重要な課題となっています。
市民ZOOネットワークの取り組み
日本には「動物園を通して人と動物の関係を考える」をテーマとする市民ZOOネットワークという団体があります。
動物福祉を意識する動物園を評価し、人々の動物園への理解を深める活動を行っています。
言葉で説明されても想像しにくい、動物福祉。
市民ZOOネットワークは、毎年「エンリッチメント大賞」を主催しています。ここからは、市民ZOOネットワークに評価された展示場を紹介していきます。
動物福祉に尽力する動物園の例を見て、イメージを深めていきましょう!
動物福祉 エンリッチメントの例
オランウータンとテナガザルの混合飼育|福岡市動物園
福岡県福岡市にある福岡市動物園。市中心部に位置しながら100種類以上の動物に会える動物園です。
混合飼育とは?
異なる動物を同じ空間で飼育する混合飼育。展示場を共有することから、混合展示ともいいます。
お互いの存在が刺激となり、変化のある生活を送ることができます。その結果、精神的に良い影響を与えることが知られています。
キリンやシマウマ、ダチョウなどアフリカのサバンナで暮らす動物たちの混合飼育は、動物園でよく見かけるようになりました。

福岡市動物園の場合
福岡市動物園は、東南アジアの熱帯雨林で樹上生活をするオランウータンとテナガザルの混合飼育に成功しています。
2013年エンリッチメント大賞を受賞しました。
オランウータンとテナガザルは海外ではすでに実績のある混合飼育例ですが、日本では初めてとなります。
オランウータンのゆっくりな動きと、テナガザルのすばやい動きが対照的な組み合わせです。
オランウータンとテナガザルの展示場
福岡市動物園では、もともと2つに分かれていた展示場を1つにリフォーム。より広い展示スペースが確保されました。
屋外放飼場には、高さ15メートルのタワーや多数のロープが設置されています。オランウータンとテナガザルの身体能力が発揮される、縦と横の動きに富んだつくりです。
さらに、それぞれ独立した室内展示場を設け、プライベートに配慮している点も評価されています。
オランウータンとテナガザルの展示場は2階建て。下からも上からも動物たちを観覧できるようになっています。
動物に大接近!1階のガラスビュー
1階には、大きなガラスビューが2か所あります。展示場を全体的に見れる外のガラスと、半屋内に備え付けられたガラス。
木の上で生活する野生動物は、ほとんど地上に降りることはありません。
ところが、動物園のテナガザルやオランウータンは危険がないことを知っています。そのため、地上を歩いたり地面に座ったりすることがあります。

半屋内になった観覧スペースの動物側には、ヒーターやエサが出てくる筒(フィーダー)が設置されています。
寒い日や食事の時間には、お顔のしわや毛が見える距離までやって来ます。
オランウータンがいることもあれば、テナガザルがいることもあり、ときには2種ともいることもあります。
当時は仲の良いオランウータンとテナガザルがいたため、異種間のコミュニケーションを頻繁に観察できました。

人工ジャングル!2階のパノラマビュー
2階には展示場を一望できる広いデッキ。
加えて、オランウータンとテナガザル、それぞれの室内展示場が設けられています。
遮るもののないデッキからは、開放的な放飼場で動きまわる動物たちの姿を見ることができます。

高い塔に設置された何本ものロープは、ジャングルを模してつくられています。
野生のジャングルでテナガザルやオランウータンが行うブラキエーションを、垣間見ることができます。
ブラキエーションとは、長い腕を使って枝にぶらさがったり、枝から枝へと移動したりすることです。
オランウータンは大きな体でゆったりと、正確に移動していきます。遅く見えますが、あっという間に室内から塔のてっぺんに辿り着きます。
一方、テナガザルは行ったり来たり活発な印象。スピード感のあるアクロバティックな動きにたびたび歓声があがります。
従来の檻で囲まれた展示場に比べ、広い敷地を自由に移動でき、自分で居場所を選べる点で、動物福祉が維持されています。
2015年9月に亡くなったオランウータンのユキは、シロテテナガザルと仲良く暮らしていました。
食事を分け与えたり、いっしょにロープにぶらさがったりと、とても貴重な異種間のコミュニケーションが見られました。
30年以上飼育されているオスのミミは単独を好み、テナガザルとの接触はあまり見られません。
2022年1月現在は、新しいオランウータンとシロテテナガザル(それぞれ雌雄1頭ずつ)が導入されています。
新しい動物たちは来園間もないため、混合飼育の前に展示場に慣れることが大切です。ゆっくりと見守りましょう。
かつてのようにオランウータンとテナガザルがいっしょにいる姿を見れる日が来ますように。

サルの採食エンリッチメント|ときわ動物園
山口県宇部市にあるときわ動物園。
生息地環境の再現を目指し、2016年にグランドオープンしたばかりの新しい動物園です。

採食エンリッチメントとは?
採食とは、食べること。そして、食べるための行為(食料の選択や獲得など)も含まれる言葉です。
一般的に、野生動物は採食に多くの時間を割きます。ヒトも買い物や調理など、合計すると長い時間を食事に費やしています。
しかしながら、飼育下の動物は決められた食事を与えられるだけ。好きなものを選んだり、自ら狩りをしたりすることはありません。
そこで、動物園の動物たちも充実した採食時間を送れるような取り組み【採食エンリッチメント】が実施されています。
フィーダー(エサを入れる容器)を工夫したり、好物を隠したり、食事の内容を変えたり、その手法はさまざま。
退屈な時間を過ごす飼育下の動物にとって、エサの変化は大きな刺激となります。
また、動物本来の探求心や認知能力をくすぐることができます。
ときわ動物園は採食エンリッチメントに取り組み、2017年エンリッチメント奨励賞に選ばれました。
ときわ動物園のサルの食事
ときわ動物園は、サルを主役とした動物園。アジア、アフリカ、中南米に生息するサルを、生息地ごとに展示しています。
サルの多くは雑食性。季節や環境によって葉や果実、昆虫などを食します。なかには、葉しか食べないサルもいます。
ざんねんながら、動物園は果物や芋など糖分の高い食べ物をサルに与えすぎていました。その結果、肥満や内臓病のサルがたくさんいました。
また、高カロリー食により雌雄や年齢による体格差がますます開き、エサにありつけない個体や奪い合いで怪我をする個体が出てきてしまいます。
飼育のプロであるべき動物園が、知識不足から不幸なサルを生みだしていたのです。

そこで、ときわ動物園は「採食」を見直しました。
野生サル本来の食事を調査し、果物等を減らし葉や草を増やしました。季節ものの草を取り入れることで、より自然な食事内容となっています。
また、落ち葉等を敷き詰めた展示場に大豆を撒いたり、フィーダーからエサが取りにくい仕組みをつくったり、食事を得るための時間を長くしています。
採食エンリッチメントの効果絶大!
ときわ動物園における採食エンリッチメントは、素晴らしい成果をもたらしています。
サルたちの体重差が小さくなり、若い個体の死亡率が下がりました。
さらに、栄養状態が改善し毛並みも良くなっています。
ときわ動物園は、食べ物ひとつで動物本来の輝きが戻ることを証明してくれました。
自然環境に近い展示場
ときわ動物園は本物の樹木や自然色の資材を用い、サルたちの生息地を再現しています。
動物福祉の概念を取り入れた新しい展示場は、かつての檻暮らしとは比べ物にならないほど開放的。堀や水で展示場を区切り、柵はほとんどありません。
動物の生態を理解したうえで、入念に設計されています。
とくにシロテテナガザルの展示場は、敷地の広さと豊かな栽植が目を引きます。
樹上性のテナガザルが木の上で休んでいる姿は、まさに野生のよう。ぜひ体感していただきたい展示です。

継続的な取り組みと屠体給餌|大牟田市動物園
福岡県大牟田市にある大牟田市動物園。4万4千平方メートルと小さな動物園です。
大牟田市動物園では、特定の飼育員による特定の動物のエンリッチメントではなく、幅広く継続的な実施を目指しています。
エンリッチメントに使用した道具やその評価をリストにまとめ、動物園スタッフ全体で共有しています。
2016年エンリッチメント大賞を、2019年エンリッチメント大賞 インパクト賞を受賞しています。

みんなしてます!エンリッチメント
大牟田市動物園では、さまざまな動物にエンリッチメントを取り入れています。
環境エンリッチメントとして、給餌場や遊び場を増やしたり、はしごやロープをかけたりしています。動物の活動を促すために、狭いながらもスペースを立体的に活用しています。
採食エンリッチメントとして、1つの展示場にフィーダーを多数設置したり、毎日エサの隠し場所を変えたりして、エサを探す時間をつくっています。
また、エサが取りだしにくいフィーダーを作成し、採食時間を長くしています。
さらに、エサの量や切り方を変えることも、動物への刺激となっています。

駆除動物を無駄にしない!屠体給餌
近年、多くの動物園で取り入れられている採食エンリッチメント。
大牟田市動物園では、新しい取り組みが評価されました。それは、駆除動物を与えることです。
一般的に飼育下の肉食獣は、精肉を与えられています。もちろん野生では狩りをして、自ら皮や骨を取り除き肉を食べています。
日本では彼らの狩猟対象であるイノシシやシカなどは、畑を荒らす動物(害獣)として殺処分・廃棄されています。
そこで大牟田市動物園スタッフは、地域で駆除された動物を、動物園の肉食動物に与えることを提案しました。

ワイルド・ミート・ズーという団体を立ち上げ、動物園と地域を結ぶ活動を行っています。
屠体給餌(とたいきゅうじ)と呼ばれるこの手法は、世界中で取り組まれています。
現在は、大牟田市動物園の周知により、日本の動物園でも取り入れられるようになりました。
大牟田市動物園は屠体給餌により、大型ネコ科動物の常同行動(繰り返し行われる目的のない行動)が減り、休息が増えたと報告しています。
採食が動物にもたらす影響は、かなり大きいように思えます。
ハズバンダリートレーニングとは?
ハズバンダリートレーニングとは、動物が自ら飼育管理を受け入れられるよう訓練すること。
たとえば、展示場の移動や健康診断、爪切りなど。以前は、強制的にヒト主体で行われていました。
とくに猛獣や大型動物などは、麻酔をかけることが珍しくありません。
しかし、麻酔の用量設定は難しく、少ないと暴れる、多いと目覚めないなど、危険が伴います。
動物園内の事故や動物へのストレスを減らすために、注目されたのがハズバンダリートレーニングです。
簡単な合図で、移動する、肢を出すなど動物と意思疎通を図ります。
訓練を繰り返すうちに、動物たちは自発的に行動するようになり、動物だけでなく獣医の負担も減ります。
大牟田市動物園は、ライオンやトラの自発的な採血を日本で初めて成功させました。
継続的に健康診断を行うことにより、エンリッチメントの科学的な評価ができると期待されています。
ハズバンダリートレーニングを公開しています!
通常、バックヤードなどで行われることの多いハズバンダリートレーニング。
大牟田市動物園では、訓練の様子を紹介するイベントが実施されています。
- 月曜日13:15~ ライオン
- 火曜日15:00~ サバンナモンキー
- 水曜日15:00~ キリン
- 木曜日13:15~ ライオン
- 金曜日15:00~ キリン
曜日ごとに動物と時間が異なりますので、要注意。また、天候や体調により中止となる場合もあります。詳細は公式HPでご確認ください。
エンリッチメントの概要はおわかりいただけましたか?
決められた敷地で決められたエサを食べる飼育下の動物たち。多くの行動を制限され、ストレスをかかえていることでしょう。
動物を飼育する者であればだれでも、動物が幸せに暮らせるような対策【エンリッチメント】を行わなければなりません。
野生本来の動きがとれるよう環境を整えたり、エサの場所や種類を変えたり、退屈な日常に刺激を与えることが重要です。
また、自主的行動を促すトレーニング【ハズバンダリートレーニング】は、動物へのストレス軽減が期待できます。
今回紹介したエンリッチメントに取り組む動物園は、ほんの一例にすぎません。
動物福祉の意識が高まっている現代では、数多くの動物園でエンリッチメントが行われています。
動物園は自然や野生動物とヒトとの架け橋。わたしたちの生活が環境や生物にどんな影響を与えているかを教えてくれます。
日本でも野生動物への意識が高まっていますが、アメリカやヨーロッパの動物園に比べると、まだまだ遅れをとっています。
ヒトが見やすいだけの動物園ではなく、本来の動物の姿と自然環境を学ぶ動物園になることを願っています。
以上、エンリッチメントのお話でした。
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